ホントさ、嘘じゃない

KinKi Kidsが熱いジャニオタの日記です。適当に書いてますんで適当に読んで適当にしといてください。

夢みれば傷つかないこともある話

どうも、バイトが忙しくて白旗あげたいたまよです。

これはブラックなんだろうか。お金は出ているのだけど、ただただ仕事が多い。ブラックなんだろうか。果たして私は今、辛いのだろうか。スーパーポジティブマンなのであまり深いこと考えないようにしています。

とりあえず、こうして私が稼いだお金がいつか自担がコンビニで購入する夜食の消費税にならないかとか、高級車のボルトの1つになってからやしないか、とかそんなこと考えて今日も働きます。

ところで、KinKi Kidsの20周年が凄いですね。

まず、パーティーが開催されるらしいですね。その名も、『KinKi Kids Party!』。しかも横浜スタジアム。まさかの野外会場です。あのキンキが、お外に出ないキンキが、ロケに出ると一層顔色が悪くなると(長瀬談)キンキが、外でパーティーするなんてもう後にも先にもないでしょう。ぜひぜひ、行きたいものです。チケットばかりは、運に任せるしかないので最近は皿洗いとかしてます。神様にアピールは欠かさない。

それと、「僕らの勇気 未満都市」SPドラマ放送。あの有名な、20年前のドラマですね。最終回で「20年後にこの場所で集まろう」と言って終わった、あのドラマですね。それが20年経った今、本当に実現するんですね。

……そんなことってありますか???こればっかりは血を吐きました。1ミリも予想できなかった。完全にやられた。私はドラマからキンキ沼に住所登録を済ませたタイプの人間なので常日頃「キンキがW主演のドラマが見たーーい」と言っておりますが、これはあくまで「ユニコーン見てみたーーい」っていうのと同じノリでして、正直全然本気じゃなかった。本気で実現するなんて思ってなかった。それが突然、「ユニコーンいるけど、見る?」みたいなことを言われたらね。え、マジかよ、ユニコーン実在するのかよ、みたいなね。血を吐くのもやむを得ないでしょう。

そんで口から血ダラダラ垂らして足プルプルさせてなんとか立っていた私に「ラブラブ愛してる」復活SPのお知らせ。もう、爆弾が落ちてきた、これは。(今のご時世だと笑えないネタですが)血吐いたあとじゃなくたって生存確率皆無なのに、もう本当にボロボロの状態で爆弾の「ば」の字でも見たらそりゃあ生きては帰ってこれない(どこから)。あの長机に、オレンジジュース置いて座ってる剛くんを見た瞬間時空が歪んだよ。ここは西暦何年だよ。タイムトラベラーにもなるよ。

いや〜〜20年って凄いんだね。だって私が今20歳だもんね。成人したもんね。そりゃあ凄いよKinKi Kids

私は普段割と「夢見れば傷つくこともある」思考の人間で「しやがれにキンキ出て欲しい」「VS嵐で光一のフライングはよ」とか強欲な発言しつつも本気じゃなかった。心のどこかで、ありえないけどね!と思ってた。それが今実現しかけている(え、番宣期待していいよね?しやがれは決まったよねほぼ?)

人間が想像できることは、必ず人間が実現できる。

みたいな有名な言葉を思い出しましたね。もっと怖がらずに色んな夢みていこうと思ったよ。キンキも、その他諸々も。今回のお知らせラッシュから受け取るメッセージとして履き違えている感は否めませんが。

とりあえず、すごく前向きになれたこの数日間でした。ところで私が夢みているものに「ジャニーズタレント総出演格闘ゲーム」がありますがこれもいつか実現できるんだと思っていいんですよね?期待してます。

部屋の掃除をした話

世の中では「掃除ができない」=「女子力が低い」みたいな風潮が強過ぎる。

うるせーな!!!女子力ってなんだよ!!!そんなに言うならそれを数値化する基準を持ってこいよ!!!お前らになんて言われようと生物学上私は女なんだよ!!!

そんな風に思ってたのだが、まあ実際「掃除ができない」ならまだしも「ゴミと一緒に生活できる」のは人としてどうなの?というのが母の持論だ。私の母は潔癖とまではいかないものの重度の綺麗好きで、勤め人でありながら自分の生活半径の掃除は欠かさない。弟も母に似て彼の部屋は男子高校生の部屋とは思えないほど清潔感がある。

我が家でその手の才に恵まれなかったのは私一人だった。なんせ物心ついた時から私の部屋はとにかく汚い、泥棒も入らないレベルに汚い。

そんな私の「部屋がが片付けられない人あるある」は

・ペットボトルのゴミが溜まる

・プリント等書類が溜まる

・ヘアゴムとピンが点在している

・洗濯済みの衣服を畳んでしまうのが面倒

・とりあえず積めるものは積む

・積むといつか崩れる

・それを直さないことがある

・そして足の踏み場がなくなる

……どうかひかないで。もちろん、部屋が汚くても平気ということはなくて、むしろ掃除は好きだから、2ヶ月に1度は大掃除というか断捨離というか、とにかく沢山捨ててスッキリしてた。

けれど、なんとなく春休みに「二度と散らからない部屋にしたい」と思い立って、「全てのものに定位置を」をテーマに部屋を大改造した。ちなみに「〜定位置を」というのはかの有名なこんまり先生の「人生がときめく片づけの魔法」に書かれていたのだけど、彼女の本すら購入後数日で紛失し掃除を始めて数時間後にようやく救出している。

そんな素敵な参考書の助けもあって「二度と散らからない部屋」がついに今日完成したのだけど、マジで人生がときめいてしまった。単純に綺麗な部屋がどう、とかではなくて、ここに何を置こう、これはあまり使わない、とか考えていたら自然と今の自分にとって必要なものと必要じゃないもの、大切なものと大切じゃないもの、やるべきこと後回しでいいものが見えてきたのだ。片づけって大事だな、と20歳にしてようやく。

色々と物の場所を決めて整理し直したのだけど1番お気に入りは、机のドラえもんが出てくる引き出しだ。そこは塾のバイトで生徒からもらったお手紙、プレゼント中高の部活で後輩からもらったお手紙や色紙なんかが入れてあって、まさに「元気がない時に開ける引き出し」。

皆さんもぜひ、そんな引き出し作ってみてください。お掃除してみてください。きっと、大切なものが見えてきます。アイドルグッズのスペースが拡大されます。部屋の1番いい場所にきます。そして、それがとても、幸せだと思えるはず。

大好きなカズレーザーの話

昨年夏から類稀なる努力を重ねて筋肉増量した堂本光一が「カズレーザー化」とか言われてしまったのは本当に笑うしファンの愛を感じる。


キンキ垢を背負って書くことじゃないかもしれないけど私はカズレーザーが大好き。好き嫌いが分かれるキャラクターなのは知ってる、けど私は大好き。彼の考え方が大好き。カズレーザーの言葉っていつもハッとさせられる。

はじめは彼が頭がいいから、とか彼がバイセクシャルだから、とか考えていたけど最近は元々こういう人なんだろうなと思い始めている。カズレーザーカズレーザーだからこういう視点があるんだ。大好き(遺言)



私が元気ない時に見るカズレーザーの言葉リストの先頭にあるのは、いつもこれ。


“人類たまにはスベりますからね、気にしてもしょうがない。”


これを芸人さんが口にしちゃうところが凄い。ふふっと笑えて、でも最後の「気にしていてもしょうがない」に説得力があって元気が出ます。確かに大抵のことは「気にしていてもしょうがない」んだよな。



そして一番好きなのは、有名なこれです。


“人間どうせ幸せになるのよ。ハッピーエンドになるに決まってるのに、なんでそんなバッドエンドにしたがるの、みんな。”


生きてるだけでどうせハッピーエンドなんて素晴らしすぎる。正論すぎる。本当になんでマイナスなことばかり数えちゃうんだろうね、不幸自慢しちゃうんだろうね、自分が一番大変って思い込みたいんだろうね。どんなに言われても私は死ぬまで不幸を探しに行くマンな気がするけど、でも「普通に生きてりゃどうせハッピーエンド」って思うと気が楽になる。


そんなわけで、カズレーザーのお言葉にいつも元気をもらっている話でした。久し振りに更新できてよかった。


今更、SMAPの話

なんかHOTな時期にこれを書く勇気がなかったので、彼らの話題が一度落ち着いた今、SMAPのことを書いてみたい。

まあ一言で言えば、私が一番最初に好きになったジャニーズはSMAPだ。お金もろくに持っていないし、ネットもよく分からない小・中学生時代は熱心なSMAPの茶の間ファンだった。あれから、色んなグループ担を経て、SMAPと繋がりがあるキンキを追っかけるようになったりして、そして20歳を迎えた今、ようやくあの5人の本当の凄さが分かってきた気がする。

大学生になってバイトを始めたり、幅広い世代と関わるようになって知ったことだが、世の中って「ジャニオタじゃない人間」の方が圧倒的に多い。(当たり前だ)でも、中学も高校もあまりに狭い世界で、同じような趣味を持った集団で過ごしていると、案外これに気がつかないのだ。ジャニーズの顔の見分けがつかない、嵐が5人分からない、みたいな人って、案外普通にいる。それでも皆、SMAPだけは知っている。

最近、「学校の授業プリントにジャニーズが……!!」みたいなツイートをよく見かけるけど、塾講師をやってる私の体感だとジャニーズではSMAPを題材にする教員が圧倒的に多い。教員の世代もあるだろうけど、それでも英文法のワークの一環で「SMAP5人の顔を書いてみよう」みたいな指示が出て、ジャニオタでもなんでもない中学生が当たり前のようにイラストを5つ書いている事実には、敵わないな、と思わざるおえない。

スマスマの最終回が放映されたあの日、私のジャニ垢のTLは凄かった。でも同じくらい、リア垢のTLも凄かった。ジャニ垢とは違い、たった1夜の出来事だが、それでもジャニオタでもなんでもない多くの大学生がSMAPに想いを馳せていた。他グループの誰かが熱愛したり、脱退しても、何も言わなかった人達が。バイト先の上司にいたっては、過去のスマスマ動画を見漁ったと言っていた。こらも、たった一夜の出来事だろうが。

結局、ジャニーズってファンにとってはそれなしには生きていけない大きな存在だけど、そりゃ興味ない人の方が多いし、どうでもいいと思っている人の方が多いのだ。だけど、そんな人達にもSMAPは周知されている。その凄さに、私はようやく気がついた。国民的アイドルって、皆から好かれるアイドルじゃない。皆が知っているアイドルのことなのだ。そんなことを皮肉にも、今回の騒動に私は教えてもらった気がする。

SMAPが解散して、もう3ヶ月が経とうとしている。「なんで」なんて思わない。派閥とか裏の事情よりも、私はずっと、悲しい、悲しい、悲しい、寂しい。そんな思いばかりある。だけどそれは、きっと私がスマオタで、ジャニオタだから。きっと大抵の人はもう、何とも思っていない。だけど、「SMAP」と聞けばば当たり前のようにあの5人の顔を思い浮かべる。それだけで凄いし、敵わないと思うのだ。

「尊い」と「相方」の話

私がKinKi Kidsのファンになって驚いたことの1つに、「キンキファンめっちゃ“尊い”多用するやん」「TLが“尊い”だらけやん」というのがある。

でも程なくして私も、彼らと同様に“尊い”を多用する「尊い芸人」の1人になってしまう。不思議なもので、ファン歴を重ねれば重ねるほど自担を客観的に見ることは出来なくなる。ふとTLを辿れば過去の自分ののツイートは今よりも偏差値が高い。しかしキンキに出会って2年が経つ現在、ありとあらゆる語彙力は奪われ、結果鳴き声のように「尊い」を繰り返す生き物になってしまった。(長年ファンをやっている方でも表現力に富んだツイートをされる方は大勢いるので、単に私の脳みそが残念であっただけという見方もある。)

そもそも、彼らの関係性の何が尊いのか、何に惹かれているのかを考えたところ、単純に「憧れ」に似た感情が強いと思う。12歳の硝子の少年時代から38歳のオッサンになるまでずっと人生を共にしてきた人がいるということが、ただただ羨ましい。自分の人生を預け、預かってくれる相方がいることが羨ましい。「相方」がいることが羨ましい。の、かもしれない。

というのも、私はネガティブな人間で、友達付き合いにおいて「親友」という言葉を使うことすら抵抗がある。相手はそんな風に思っていないのでは、とか何とか考えて、人との関係に何か名前をつける作業が苦手なのだ。よく女の子が数人の仲良しグループに「◯◯組」なんて名前をつけたりするが、それも自ら率先して行ったことはない。でも名前がつくと嬉しい。(ありとあらゆる付き合いにグループ名をつけてSNSに投稿する女の子を影で“ジャニー”と呼んでいたりする。)同様の理由で、LINEグループも自分で作れない。

そんな風に私はこれまで、ネガティブなばかりに安定した関係性を避けるように生きてきて、そうしてフワフワした関係しか持たない自分により一層ネガティブになったりする。

だから、KinKi Kidsのお互いを唯一無二として扱う関係性にとても憧れるし、揺るぎない「相方」呼びに心惹かれる。もちろん、光一くんが言うように、出会って25年付き合う中で、彼らにしか分からない「何かしら」はあって、案外スリリングな状態で続いてきた部分はあると思う。それでも、もしものことがあったとしても、「元相方」はお互いしかいないんでしょう?それだって凄いことじゃないか。

絶対的で唯一無二な関係に、それを背負って生きる彼らに憧れる。それって凄いことなんだぞ!と教えたくなる。いっそパイでも投げつけてやりたい。もちろん相方がいるからこその苦労もあるのだろうけど。

相方がいて、それがずっと続いている、そんな2人に強烈な憧れを感じて、時には「いいなぁ」とほっこりして、「尊い」という鳴き声は生まれ出ているのかもしれない。

……つまり何が言いたいのかというと、要は語彙力が足りないのかもしれない。

数年来にブログを始めた話

はてなブログのスタイリッシュさは異常……
なんか凄い頭いい人がやるイメージ……

そう思ってモンキー並みの頭脳しか持ち合わせていない私は敬遠していたのだがついに始めてしまったのはきっと春休みマジックのせいである。

「暇通り過ぎて辛くなってきた」いつかの二宮和也の言葉通りの阿呆みたいに長い大学2年の春休みを過ごしていたら、気がつけばスタイリッシュなブログに手を出していた。春休みって罪深い。

実はブログ全盛期だった小学生の頃、私は熱心なブロガーだった。毎日のように記事を更新して、書くネタがない日は「今日はネタがありませんでした、ごめんなさい」という記事を更新するほどマメだった。今思えばアレはいらなかった。
そしてネタがあるという日も、家族のことやら友達のこと等、恐ろしく身内ネタが多かった。誰がどういう目的で読んでいたのか未だに分からない。だけど記事には何かしらのコメントが届いていた。小学生のくだらない日記を呼んでくれている人は少なからずいた。誰だよ。(今更)

そういえば、いつもコメントをくれる物好きな人の1人に、「クラウンフィッシュ」さんという人がいた。当時私はカクレクマノミを2匹飼っていて、ちなみにクラウンフィッシュはカクレクマノミの別名だった。だから私はいつもコメントをくれる優しいクラウンフィッシュさんの正体はペットのクマノミではないかと疑い、ブログに記事を投稿した後はなんとなくクマノミの水槽に手を振っていたりした。この辺が最高にモンキー頭脳である。

クマノミに人格を見出していた小学生の頃の私には残念な知らせだが、20歳の私も未だにモンキーだ。今もコップに注いだジュースの分量を巡って中学生の弟とマジ喧嘩している最中だ。成長なんてものはない。

そんで、小学生の私にもう一つ伝えたいことがあるとすれば、17の冬にKinKi Kidsにハマるということ。多分あなたは今、彼らの存在さえ認識していないかもしれないけれど。クラスにいる嵐ファンにSMAPの切り抜きを恵んでもらう生活をしているかもしれないけれど。KAT-TUNの曲をクラスで合奏しているかもしれないけれど。それでも、KinKi Kidsにハマる。そして20歳になった今も尚、熱は冷めない。

そして最後に、小学生の私へ。キンキファンの春休みは、SHOCK観劇前後1週間は夢心地で、高杉剛の美しさを消化するのに2週間は費やすぞ。最高に暇だが、最高に忙しいので覚悟するんだな。